インドの4つの労働法典で変わること:日系子会社の人事・労務担当者向け整理
2025年11月21日に施行された4労働法典について、賃金の定義(50%ルール)、労働者区分、固定期間雇用、解雇手続き、就業規則、社会保障の変更点と、州規則の確認方法を日系子会社の実務目線でまとめます。
このガイドでわかること
- 4つの労働法典(Labour Codes)がいつから、何を置き換えたのか
- 給与設計・解雇・就業規則で日系子会社がまず見直すべき点
- 中央規則と州規則の進み具合と、自社に適用される規則の確かめ方
4法典の全体像
従来の29本の中央労働法が4つの法典に統合されました。施行日は2025年11月21日で、賃金法典は告示S.O. 5322(E)により同日から主要条文が効力を持っています。労働争議法(Industrial Disputes Act, 1947)や就業規則法(Industrial Employment (Standing Orders) Act, 1946)などは、この日付で廃止されたと整理されています。
| 法典 | 主な対象 | 実務で影響が大きい点 |
|---|---|---|
| 賃金法典 | 最低賃金、賃金支払、賞与、男女同一賃金 | 賃金の統一定義、残業2倍、フロア賃金 |
| 労使関係法典 | 労働組合、就業規則、紛争、解雇 | 300人基準、再訓練基金、苦情処理委員会 |
| 社会保障法典 | PF、ESI、グラチュイティ、出産給付、ギグ労働者 | 固定期間雇用のグラチュイティ、ESIの全国適用 |
| OSH法典 | 安全衛生、労働時間、契約労働、女性の夜勤 | 雇用契約書(任命状)の交付義務、健康診断 |
賃金の定義と「50%ルール」
新しい定義では、基本給・物価手当(DA)・留保手当を「賃金」とし、住宅手当(HRA)、通勤手当、残業手当、賞与、雇用主のPF拠出などを除外項目として扱います。ただし除外項目の合計が報酬総額の50%を超える場合、その超過分は賃金に加算されます。
労働雇用省が2026年3月に公表したFAQでは、次の考え方が示されています(法律事務所の解説による)。
- 年1回の業績連動インセンティブは「賃金」に含めない
- 雇用主のPF・年金拠出と法定賞与は「報酬総額」に含めて50%判定を行う
- 食事券・携帯料金補助など現物支給も報酬に含まれる
- グラチュイティは2025年11月21日以降、新定義で計算する
基本給を低く抑え、手当を厚くする従来型の給与構成(CTC)は見直しが必要です。具体的な設計はインドでの採用と給与の基本を参照してください。
「労働者」と「従業員」の区分
労使関係法典上の「労働者(worker)」には、管理職は含まれません。一方、監督職は月額1万8,000ルピー以下であれば労働者に含まれます。2026年1月に賃金法典側の上限も1万8,000ルピーにそろえられたと報じられています(2026年10月時点)。解雇規制や苦情処理の対象かどうかはこの区分で決まるため、職位と給与で社員を分類しておきましょう。
固定期間雇用
期間を定めた直接雇用が全業種で認められました。主な条件は次のとおりです。
- 労働時間・賃金・手当・社会保障は、同種業務の正社員と同等にする
- 勤続1年でグラチュイティの対象になる(正社員は原則5年)
- 契約期間の満了による終了は「人員削減(retrenchment)」に当たらない
プロジェクト単位の採用や試行的な人員増に使いやすい一方、同一労働同一待遇の記録を残しておくことが重要です。
解雇・レイオフの手続き
| 項目 | 内容(2026年10月時点) |
|---|---|
| 政府の事前許可 | 労働者300人以上の工場・鉱山・プランテーションでのレイオフ・人員削減・閉鎖 |
| 人員削減の通知 | 勤続1年以上の労働者に1か月前通知(または同額の手当) |
| 人員削減補償 | 勤続1年につき15日分の賃金 |
| 再訓練基金 | 最終賃金15日分を、人員削減後10日以内に指定口座へ拠出 |
| 再雇用の優先 | 人員削減から1年間、インド国民に優先権 |
300人未満の拠点でも、通知・補償・基金拠出の義務は残ります。州によって閾値を変更している例もあるため、州法の確認は欠かせません。
就業規則(Standing Orders)と社内委員会
- 300人以上の事業所は就業規則を整備し、モデル就業規則に沿わせる必要があります。サービス業のモデル規則では在宅勤務への言及もあります。
- 20人以上の事業所は苦情処理委員会(Grievance Redressal Committee)を設けます。
- 100人以上では労使協議のための作業委員会(Works Committee)が必要です。
社会保障の拡大
- ESI(従業員国家保険)は全国の地区に適用が広がり、危険業務では従業員1人でも対象になります。
- 雇用契約書(任命状)の交付が全労働者に義務づけられ、中央規則で書式が定められました。
- ギグ・プラットフォーム労働者向けに、アグリゲーターの拠出制度が設けられました。
PFの賃金上限の引き上げ(2026年9月)についてはインドでの採用と給与の基本で扱います。
州規則の状況と確認方法
労働は中央と州の共管事項のため、州政府も規則を定めます。法律事務所の追跡データでは、2026年5月時点で4法典すべての州規則を最終告示した州はグジャラート州、ビハール州など一部にとどまり、ハリヤナ、カルナータカ、マハーラーシュトラ、タミル・ナードゥ、ウッタル・プラデーシュなど日系企業が多い州は草案段階とされていました。状況は月単位で動くため、次の手順で確認してください。
- 拠点(工場・オフィス)がある州を洗い出す
- 各州の労働局サイトと州官報(e-Gazette)で4法典の規則告示を確認する
- 州の店舗・事業所法(Shops and Establishments Act)の改正も合わせて確認する
- 確認日と根拠URLを社内の法令管理表に記録する
よくある失敗・注意点
- 本社の給与規程をそのまま移植し、50%ルールで社会保障の算定基礎が増えたことに気づかない
- 「中央規則が出たから全国同じ」と考え、州規則・州法の差を見落とす
- 固定期間雇用を短期の更新で繰り返し、実態は常用雇用とみなされる
- 管理職と監督職の区分があいまいで、解雇時に労働者扱いされる
次にやること
- 給与構成の見直し:インドでの採用と給与の基本
- 毎月・毎年の届出管理:年間コンプライアンス・カレンダー
- 拠点州の比較:州の選び方
- 雇用契約・紛争対応:契約と紛争解決
個別の判断は専門家(CA・弁護士・税理士)にご確認ください。
Questions on this topic
インドの新しい労働法(Labour Codes)はいつから施行されていますか?
賃金法典、労使関係法典、社会保障法典、労働安全衛生・労働条件法典の4つの法典が、2025年11月21日に全国で施行されました(2026年10月時点)。賃金の統一定義により、退職一時金や社会保険の計算基礎が変わる可能性があります。州ごとの施行規則は整備途上の部分があるため、拠点州の動向を確認してください。
インドで従業員を雇う際に必要な社会保険は?
主なものは、従業員積立基金(EPF)と、一定の賃金水準以下の従業員が対象の従業員国家保険(ESI)です。このほか、州によっては職業税の天引き・納付や、労働福祉基金への拠出が必要です。適用要件や料率は改定されることがあるため、EPFOとESICの最新情報で確認してください。
退職一時金(Gratuity)はどのような場合に支払う必要がありますか?
社会保障法典により、通常の従業員は勤続5年以上、有期雇用の従業員は勤続1年以上で退職時に受給資格が生じます(2026年10月時点)。金額は原則として勤続1年あたり賃金15日分で計算します。新しい賃金定義で計算基礎が増える場合があるため、引当額を見直してください。